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ぴいたあぱんしんどろうむ

はたらくってなんだろな。ぴーたーぱんによるぴーたーぱんのためのブログ。

就活で一番最初にすべきこと①

 自己分析をする前に

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就活だ!

自己分析するぞ!

 

ちょっと待ってください。

いきなり自己分析してもそのうち燃え尽きますよ。

 

よく「早く就活を始めすぎると燃え尽きる」と言われますが、なぜでしょうか。

それは働くことの目的がはっきりしていないからです。

 

そこでまずは「人はなぜ働かなくてはならないのか」を考えていきます。

 

働くことの目的を考える

働くことの目的は「誰かに対して自分ができることをする」です。

その目的を支える意識は「自分は誰かに生かされている、そして同時に誰かを生かしている。自分はその誰かに対して何ができるのだろう」です。

 

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どういうことなのか。

以下の例から考えていきましょう。

例えば、「お金を稼ぐため」「食べていくため」などが働くことの目的に挙げられます。

確かに働いてお金をもらい、食べ物を買って食べるということは生きていく術の一つです。

また、生活していく術は他にもあります。

誰かに食べさせてもらう、いわゆる「誰かの『ヒモ』」や「親のすねをかじる」といった形で生活していくという方法です。道徳的にどうかはさておき、頼る相手にそれなりの対価を与えている場合、それも一つの労働とみなすことができます。具体的には「彼氏がお金を稼いでくる代わりに彼女は彼氏を精神的に満足させる」、「親が子どもを養う代わりに子どもは親の元で安全な生活をして親を安心させる」といった状況です。

一般的な例として「妻が家事や子育てをする代わりに夫にお金を稼いできてもらう」という関係を考えてもらえればイメージしやすいのではないのでしょうか。

このように働くことは「何かをする代わりに何かを得る」といった"Give and Take"の関係で捉えることができます。

さらにこの関係を分析していくと、そこには「分業」の構造が存在していることに気がつくでしょう。

 

例えば、あなたがパンを食べているとします。

あなたが手にしたパンはどのようにして手に入れたのでしょうか。

パン屋、あるいはスーパーやコンビニで買ったのであれば、お金とパンを交換したと思います。

「パンを買うお金を支払う代わりにパンを売る」という関係です。

ここには「買うお金を支払う」という作業と「パンを売る」という作業を分担していると捉えることができるのです。

わかりにくいので、もう少し説明していきましょう。

売ったパンはどのようにして作られたのでしょうか。

パンを売る人は小売店であれば、製造元からパンを仕入れてこなければなりません。

「お金を払って仕入れたパンを売る代わりにパンを作ってもらう」という関係です。

関係はここで終わりではありません。

「お金を払って仕入れた材料でパンを作る代わりに材料を作ってもらう」関係、

「材料を作る代わりに原料を作る」関係などが考えられます。

さらにはパンを作る機械や道具にもこの関係を当てはめることができるのです。

この関係を農林水産業や製造業、建設業、加工業、小売業、運輸業、サービス業、情報通信業、金融業などに分類して説明すると、分業の間で"Give and Take"が行われているからこそ各業界でお金が流れていき、互いの業界を成り立たせていることが理解できると思います。

 

分業は業界を成り立たせているだけでなく、人間が生きていくためにも必要不可欠なものだといえるでしょう。

 

それは人ひとりがとても弱い存在だからです。

分業せずにひとりで生きていくことなどできないのです。

家を作ってくれる人がいないと寝てるあいだ身を守ることができません。

誰かが食べ物を育てないと餓死してしまいます。

誰かが着るものを織ってくれないと服を身につけられません。

 

自給自足をするのにも全くのゼロから始めることなどできないでしょう。

最初に必要な道具や材料が必要になります。

それを自分で生み出したとしても生み出すための知識や技術が必要になります。

生み出すための知識や技術を生み出したとしてもそれを生み出すだけの高度な知能と健全な身体が必要となります。

知能が発達するまで、あるいは発達した身体を手に入れるまでは誰かに育ててもらわなくてはなりません。

 

そうです。

人は生まれ落ちてから誰の手も借りずに生きてきたことなどないのです。

誰かに何かしらの仕事を任せている以上、人は分業をしていく必要があるのです。

先ほどのパンの例で言えば、パンを買っている人はパンを作る人、作る人、運ぶ人に仕事してもらっているし、もらわなくてはならない。彼らもパンを買ってもらっているし、もらわなくてはならない。

 

この分業の構造は以下のように捉えることができます。

自分は誰かに生かされていると同時に誰かを生かしている。

 

例えばあなたは今、誰の役にも立っていないと思っているとする。

しかし、生きている以上、誰かに生かされていると同時に誰かを生かしているのです。

それなのになぜ、誰の役にも立っていないと考えてしまうのでしょうか。

 

それは分業の構造を意識していないからです。

 

あなたはパンを食べるだけで誰かに生かされ、誰かを生かしているのです。

あなたは服を着るだけで、どこかに住むだけで、生きているだけで誰かを分業し、助け合っているのです。

 

この意識を持てている人は自分が誰にとっても価値のない存在だとは思いません。

生きているだけで何かしらの価値を生み出しているのですから。

 

あなたが誰の役にも立っていないと思う原因は「誰かの役に立てているか」ではないのです。

 

では原因は?

 

それはあなたが傷つくことを恐れているから。

 

あなたは誰かの役に立とうとして行動した結果、誰かから傷つけられたり、誰の役にも立てないと感じることによって自分が傷つくことを恐れているのです。

傷つくのが怖いから傷つかないように行動しない、行動しないからそれはそれで誰の役にも立てていないと感じてしまう。

自分が誰かの役に立つ行動のできない、価値のない人間なのであれば、せめて他の人よりも不遇な人間だと示すことによって誰かに自分の価値を見出してもらおう。

だから、あなたは誰かの役に立とうとしない、つまり、働きたくないと思うのです。

 

働きたいと感じることは誰かの役に立つことができるかどうかで生まれるものはありません。

働きたいと感じることは誰かの役に立てているという意識を持つことなのです。

役に立つことは生きているだけで実現しているのです。

それでも役に立てていないと感じてしまうのは、「もっと役に立ちたいけど、失敗したりミスをすれば深く傷つくだろう、そうして傷つくくらいなら行動しないで今の状態を維持していた方が傷つかないで役に立つ方法が見つかる可能性があるかもしれない」

という可能性に生きる人生を歩んでしまっているからです。

 

可能性の中だけで満足してるから行動できない。

行動するということはその結果、傷ついても構わないという気持ちを持つことなのです。

 

行動することにも、働くことにも、生きることにもすべてにこの考え方が当てはまります。

「今の職よりもいい職に就けなくて傷つくのが怖いから転職しない」

「試験に合格できなくて傷つくのが怖いから勉強しない」

「意見を言いたいけど嫌われて傷つくのが怖いから言わない」

「やりたいことやりたいけど失敗して傷つくのが怖いからやらない」

行動するのが怖いなら、怖くないところから始めればいいだけです。

それでも行動しないのなら、変わりたいのではなく、傷つくくらいなら変わらないと自分で決めているのです。

行動したいなら自分にできることを知ればいいでしょう。

 

働くことの目的は「誰かに対して自分ができることをする」です。

その目的を支える意識は「自分は誰かに生かされている、そして同時に誰かを生かしている。自分はその誰かに対して何ができるのだろう」です。

 

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就活で一番最初にすべきことは働くとは何かを意識することなんです。

 

この意識を持つことができたのも以下に紹介する本のおかげです。

ぜひ、みなさんも読んでみてください。

   

          

   

 

今回はここまでにします。

読んでくださってありがとうございました。

それでは。